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読書の秋

by oyatsutakiko

読書は、趣味の中では最も簡単な部類にはいるんじゃないかと思う。読む本さえあれば他に道具はいらないし、寝そべってたって読める。

ガチで勉強しようとなると、様々覚えたり反芻したり書き出したりと、かなりハードルが上がってしまうが、興味のある文章を興味の赴くままに読み、集中力が切れたらウトウトするとか、なんちゅう至福の時間かと思う。

本屋さんに入っても、今日は見るだけ!と思いつつ、パラパラとめくってどうしても読みたくなるとつい、ご縁があるのは今じゃないかと思って買ってしまう。そして気の赴くままに読み散らかし、途中やら、まだ始まってもいないのやらで”積ん読”が増えてゆくのだ。




高校3年生の頃、何故か山岡荘八さんの「徳川家康」にハマり、英語の授業中にそぉぉっと読んでいて、つい物語の中に入り込んでしまって後ろから歩いてきた通称マモちゃん先生に見つかってしまった。

マモちゃん先生は山形出身の温厚な先生だ。千葉県の高校にお勤めというのに、山形弁訛りの抜けない英語の授業だった。

先生は何も言わずに読んでいた本をひょいっと引っこ抜くと、授業が終わったら取りに来なさい、そう言って前に去って行った。

授業後、おずおずと教卓のところに取りに行くと、

「おお。これはおれも読んでみたかったんだ」

と、山形弁のイントネーションで言い、何事もなかったように返してくれた。
ごめんなさい。今ならぜったいマモちゃん先生の授業では読みません<(_ _*)>




時は経ち、23、4の頃、
なんとなくまた「徳川家康」を読み返し始めた。
その頃は電車通勤で片道30分ほどだったので、読書にはもってこいであった。
父から譲り受けた文庫本全26巻は、本屋さんの紙のブックカバーごと茶びてきていた。ご丁寧にマジックで本の背に「川14」とか書いてある。


茶びているのはさすがにちょっと恥ずかしいので、黒い皮のブックカバーをつけていた。
その日は遅番で、夜10時台後半の電車で帰宅途中だった。

本の世界に入りつつ、地下鉄が地下から地上に上がり、橋を渡る音が聞こえる。最寄駅はあともう10分程だ。と、隣に座っている酔っ払ってると思われるおじちゃんが、なにやらぐいぐいと寄ってくるようだ。

おじちゃんの居眠りのぐいぐいはやだなあ、と思いつつ見ると、寝てはいない。ただ、明らかに顔に酔ってますオレ、と書いてある。うーん、ちょっと迷惑…と、そのとき、

「こういう本を、若い人にもっと読んで欲しいんだ。うん。」

酔っ払った笑みを浮かべてうん、うん、とうなずいている。

現金なもので一気に嬉しくなり、

「父のお下がりの本で茶ばんじゃってるんですが(笑)」

と返した。

酔っ払いおじちゃんは嬉しそうにうん、うんとうなずいていた。

程なく最寄駅に着き、自分にできる最上級の上品な笑顔でおじちゃんに会釈し、電車を後にした。



今から思えば、あの酔っ払ったおじちゃんのなんちゃない声掛けが、あの頃風の「いい女」を演じさせてもらったかなぁと述懐している次第である。娘時代の懐かしい思い出だ。


oyatsutakiko
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