LOG IN

小娘のこと

by oyatsutakiko


小娘のこと



 18の小娘は無駄に悩んでいた。


 通っているバイト先のカレー屋さんにカスヤさんという女性がいた。

いつも明るくテキパキと仕事をこなし、若いバイト仲間からお母さんと慕われていた。

無駄に悩んでいる小娘よりずっとイキイキはつらつとし、家庭も趣味のバレーも楽しんでいた。

小娘はこの人は疲れるいうことを知らないのだろうかと不思議に思った。

私なんかよりずっと生命力にあふれていると感じていた。

 バイト先の賄いはカレー屋さんなので当然カレーしかない。

毎日カレーは不憫に思ったらしいカスヤさんは、そこらへんにあるもので小娘にチャーハンを作ってくれた。

小娘は無愛想にお礼を言い、無言で食べた。

「やっぱりニンニクを入れるとうまみがちがうわね」

カスヤさんはそう言って仕事を続けた。

突き放すでもない、労わるでもない、暖かい無言だった。


26の小娘は気張っていた。


 製菓学校卒業後、レストラン経営を何店舗か経営する会社の新宿本社と、

食事が美味しいと言われている都内のホテルでの製菓製造経験だけでまあまあキャリアがあると思っていた。


 関東から東北に嫁に来た小娘に学生時代からの友達も親戚も近くにおらず、

メールはおろか携帯電話すらなく、嫁入り先の電話で遠方の友達と長電話するのも憚られた。 

 結婚後程なく勤め始めた東北の中堅どころの和洋菓子店の製造部門は、女性が圧倒的に多く、

そして農家のおかさま(お母さん・主婦)が多かった。

地域に慣れようという気持ちと、東京から来たんだというおごり。

最初の半年でいろいろと打ち砕かれた。


 おかさまたちにまずケーキのサンド、ナッペ(上塗り)の速さで勝てない。

こなす量が違うのだ。

これはおかげさまで量を経験させてもらうことで何とか追いつくようになった。


 ある日小娘は苺の大きさにばらつきがあることに文句を言う。

おかさまは、

「だんだんでっけぇのなくなってきたんだべぇ」

と、ことも無げに言う。

それは業者としてどうなんだとかいいんですかとかたて突いたが、

「んだから、苺がだんだんでっけぇの採れなくなってきたんだべぇ」


ホテル時代は業者さんが親分の意向に沿うようなフルーツをもみ手をするように持ってきていた。

選別されたものが当たり前にくることは、実は当たり前ではない。

農作物の大きさはばらつきがあるのが当たり前だ。

丁寧に扱い、選別し、痛みにくいように梱包して、そして運んでくれる何人もの方が居る。

苺の、農作物の作り手ではない小娘は、このとき初めて自分のおごりに気がついた。


生意気な小娘に柔らかくしなやかに、懐深く接したおかさまたち。

小娘に子供が生まれたときも、親が亡くなったときも、

親身になっていろいろと世話をしてくれた。



小娘はもう、カスヤさんやおかさまたちと同じかそれ以上の歳になり、もう小娘ではない。

元小娘は、いま自分はカスヤさんになれているだろうか、おかさまに追いついているだろうか。

自問している。

 



。。。。。◯  。。。。。



上記の文章は、2年半ほど前に書いたものを少し加筆訂正しています。

前回のブログで、すごい人ってけっこう身近にいらっしゃるなぁと書き、そういえば、身近にいたすごい人のことを前に文章にしたっけ、とひっぱりだしてきた次第です。


oyatsutakiko
OTHER SNAPS